夕暮れの西の空や、明け方の東の空に、ひときわ明るく輝く星を見たことがあるんじゃないかと思う。
そう、「一番星」でおなじみの金星だ。
古代ローマ神話では美の女神「ヴィーナス」の名を与えられ、地球のすぐ内側をまわる「双子姉妹の惑星」なんて呼ばれることもある。地球とほぼ同じ大きさで岩石でできているから、かつては「海や豊かな自然があるんじゃないか」と本気で信じられていた時代もあった。
……でも、天文学が暴いたこの星の本当の姿は、そんなロマンを粉々に打ち砕くものだった。
あの美しい輝きの裏にある金星の実態は、太陽系でもトップクラスに過酷な、文字通りの「地獄」だ。
なぜ科学者たちが金星を「絶望の惑星」と呼ぶのか、その恐ろしすぎる4つの事実を見ていこう。
第1章:気温470℃——太陽に近い水星より暑いというバグ
常識で考えれば、太陽に一番近い水星が太陽系で一番暑いはずだ。実際、水星の昼間の温度は約430℃まで達する。十分すぎるくらいの暑さだ。
でも、太陽から2番目に近い金星の平均気温は、それを上回る約470℃。太陽系全惑星の地表の中で、最も高い温度だ。
しかもこれ、夜でも極地方でも、惑星全体でほぼ1年中変わらない。太陽が当たらない夜側でさえ、昼間と同じ灼熱が維持されている。
なぜ熱が逃げないのか。原因は「分厚すぎる大気」にある。
金星の大気は96%以上が二酸化炭素だ。地球の大気が主に窒素と酸素でできているのとは全然違う。二酸化炭素には赤外線(熱)を吸収して外に逃がさない温室効果があって、金星の地表はその濃密な層に完全に密閉されている。
何億年もかけて熱が蓄積し続けた結果、鉛や亜鉛すら溶けるほどの世界になってしまった。防護服なしで降り立てば、一瞬で消し炭になる。
第2章:地球の90倍の気圧——深海900メートルと同じ重圧
気温だけじゃない。金星の地表に降り立った者を待ち受けるのは、想像を絶する「重圧」でもある。
金星の地表の大気圧は、地球の約90倍。地球の海でいえば「水深約900メートル」の深海に沈んだときとほぼ同じ圧力だ。
周りにあるのは水じゃなくて「空気」なのに、深海の底と同じ力が360度全方向から常に押し潰しにくる。
これがどれほど異常な環境かは、過去の探査機を見るとよくわかる。
1970〜80年代、旧ソ連は「ベネラ計画」で金星の地表への着陸を繰り返し成功させた。探査機はチタン合金の頑丈な装甲を持つ、いわば「空飛ぶ潜水艦」みたいな超頑丈な構造をしていた。
それでも、金星の地表に着陸した探査機が通信を維持できたのは、最長でも「2時間弱」だった。猛烈な熱と90気圧の重圧に潰されて、次々と沈黙していった。
ちなみに金星の大気は地表付近では濃すぎてほぼ液体に近い挙動をするらしい。もし歩こうとすれば、お湯の中を歩くような強烈な抵抗を感じながら、その直後に肉体ごと圧搾されることになる。
第3章:純度96%の硫酸の雨が降る空
地球の雲は水滴や氷の粒でできているけど、金星の空を覆う黄色みがかった分厚い雲の正体は「濃硫酸(純度約96%)」の霧だ。
火山活動などで放出された硫黄成分が大気中の水分や紫外線と反応して、惑星全体を包む硫酸の雲を作り出している。厚さは数十キロメートルにも及んでいて、太陽光の大部分を遮断している。だから金星の地表は、太陽に近いのに常にどんよりとした薄暗いオレンジ色の光に包まれている。
この雲からは日常的に硫酸の雨が降っている。触れればあらゆる物質を溶かす劇物だ。
ただ、この雨が地表に届くことはない。地表付近の気温が470℃もあるから、上空から落ちてきた硫酸の雨は、地表に到達するずっと手前で蒸発してガスに戻ってしまう。
つまり金星の上空では、硫酸の雨が降っては蒸発して雲に戻るサイクルが、永遠に繰り返されている。生き物が存在できる余地は、文字通りどこにもない。
第4章:1年より1日が長い——逆回転する狂った自転
最後は、金星の「時間と動き」についての話だ。
地球をはじめとするほとんどの惑星は、北極側から見て反時計回りに自転している。でも金星だけはなぜか時計回り、つまり逆向きに回っている。
この逆回転のせいで、金星の地表から空を見ると太陽は「西から昇って東に沈む」。地球とは真逆だ。なぜ逆回転しているのかはまだ完全に解明されていないけど、過去に巨大な小惑星が衝突して惑星の軸ごとひっくり返ったんじゃないか、という説が有力視されている。
そして自転の「速さ」がまた奇妙で、金星の1年(公転周期)は地球時間で約225日。それに対して金星の1日(自転周期)は約243日もかかる。
「1年」より「1日」の方が長い。時間感覚がゲシュタルト崩壊するような話だ。
(厳密には、公転の動きも合わさるから地表で太陽が昇ってから次に昇るまでは約117日になるけど、自転そのものが1年より遅いという事実は変わらない)
気が遠くなるほど長い昼と夜。その間ずっと、470℃の熱と90気圧の重圧と硫酸の霧が地表を支配し続けている。
おわりに
夕暮れの空で美しく輝いていた「ヴィーナス」の真実は、こうだった。
- 金属を溶かす470℃の灼熱
-探査機をも潰す90気圧の重圧 - 空を埋め尽くす濃硫酸の雲
- 1年より1日が長い逆回転の世界
地球とほぼ同じ大きさなのに、大気の成分がわずかに違うだけで、惑星はここまで恐ろしい姿になってしまう。
夜空に輝くあの美しい光は、ある意味では近づくものすべてを拒絶する「地獄の門の輝き」なのかもしれない。
次に一番星を見つけたとき、あなたはどんな感情を抱だろう。


コメント