夏の夜、空を見上げるとまず目に入るあの大きな三角形。小学校の理科で習った人も多いと思います。織姫星と彦星と、あとひとつ……というところまでは覚えていても、その3つの星が実際どれくらい離れていて、どんな性質を持っているかまでは、案外知らないものです。
知れば知るほど、見え方が変わってくる星たちなので、少しゆっくり紹介していきます。
実は「星座」ではない
まず前提として、「夏の大三角」という名前の星座は存在しません。これは、こと座・わし座・はくちょう座という3つの異なる星座から、それぞれ一番明るい星を1つずつ選んで結んだ「アステリズム(星群)」です。
組み合わせはこの3つです。
- こと座のベガ(七夕の織姫星)
- わし座のアルタイル(七夕の彦星)
- はくちょう座のデネブ
どれも街の明かりの中でもくっきり見えるくらい明るいので、夏から秋の夜空で迷ったときの目印として重宝されています。
ただ、私たちが見ているのは平らな三角形のように見えて、実際の距離はまったく揃っていません。
- ベガまで:約25光年
- アルタイルまで:約17光年
- デネブまで:約1400〜2600光年(諸説あり、よく使われるのは1500光年前後)
ベガとアルタイルは宇宙のスケールで言えば「お隣さん」くらいの距離ですが、デネブだけは桁違いに遠いところにいます。今夜届いているデネブの光は、日本でいえば飛鳥時代あたりに発せられたもの。横から見ることができたら、この三角形はかなり奥行きのある、歪んだ形をしているはずです。
ベガ ― 明るさの基準になった、ちょっと変わった形の星
ベガは大三角の中でいちばん北寄りにあり、全天でも5番目に明るい星です。かつて天文学では「ベガの明るさを0.0等級とする」という基準が定められていたほど、特別な立ち位置を持っています(現在の精密な測定では0.03等とごくわずかに修正されていますが、今でも実質的な基準星として扱われることが多いです)。
ベガはまだ誕生から数億年という若い星で、猛烈な速さで自転しています。赤道付近の速度はおよそ秒速200キロ台後半、時速にすると80万キロを超えるレベルで、その遠心力によって星自体が少し横に膨らんだ、いびつな形になっています。さらに、ベガの自転軸はほぼ地球の方を向いているため、私たちは「極のほう」からベガを見ていることになります。
ここで最新の話を一つ。2024年、ハッブルとジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を組み合わせた観測チームが、ベガの周りに広がる塵の円盤(デブリディスク)をこれまでで最も精細に撮影しました。その結果分かったのは、この円盤が驚くほど滑らかで、左右対称だということ。似たような年齢・質量を持つ別の星「フォーマルハウト」の円盤には、惑星が掃き出したとみられるはっきりした隙間があるのですが、ベガの円盤にはそうした乱れがほとんど見られません。土星クラス以上の大きな惑星が存在する証拠は今のところ見つかっておらず、研究チーム自身も「なぜこんなに整っているのか分からない」と頭を悩ませているそうです。もっと小さな惑星が隠れている可能性はまだ残っているので、この先の観測が楽しみなところです。
アルタイル ― 彦星も、実はかなりのスピードで回っている
ベガから天の川を挟んで南側にあるのがアルタイルです。地球からの距離は約17光年と、大三角の中ではもっとも近い位置にあります。
アルタイルもベガと同じく自転が速い星で、1回転にかかる時間はわずか9時間ほど(太陽は1回転に約25日かかります)。この速さのせいで赤道方向にやや膨らんだ卵型になっていることが、地上の干渉計による観測で直接確かめられています。さらに、赤道付近はガスが遠心力で外側へ引っ張られて温度が下がり、極のあたりより少し暗くなる「重力減光」という現象まで観測されています。
七夕の物語では年に一度しか会えない切ない関係として描かれますが、実際の姿は、織姫も彦星も天の川を挟んでお互いに猛スピードで回転している、というのが実態です。
ちなみに最近、TESS衛星のデータを使った星震学(アステロサイズモロジー)の研究によって、アルタイルの年齢がより精度よく見積もられるようになってきました。これまでの解析では、アルタイルは誕生からまだ1億年ほどしか経っていない、わりと若い星だという見方が出てきています。内部の構造を見ると、中心部のほうが外側よりも速く回っているらしく、星の中の自転の仕組みも少しずつ分かってきているところです。
デネブ ― 距離すら、まだ正確には分かっていない星
大三角の東側で輝くデネブは、名前自体がアラビア語で「尾」を意味します(はくちょう座の尾の部分にあるため)。
ベガやアルタイルが「17〜25光年」というご近所さんなのに対し、デネブだけは1400〜2600光年という、まったく違う次元の遠さにいます。それでいながら、見た目の明るさはベガやアルタイルとほとんど変わりません(1.25等)。これは、デネブの正体が太陽の数万倍から、推定の上限では20万倍近くにもなるエネルギーを放つ「青色超巨星」だからです。直径は太陽の約200倍。仮にデネブを太陽の位置に置いたら、水星と金星は完全に飲み込まれ、ちょうど地球の軌道あたりまでその巨大な球体が達することになります。もしデネブがベガと同じくらいの距離にあったら、夜なのに地面に影ができるほどの明るさになるとも言われています。
実はこのデネブの距離、未だに天文学者を悩ませている問題です。地球から2013年に打ち上げられ、約20億個もの星の位置を測ってきたガイア衛星は、2025年3月にその運用を終えましたが、結局デネブの距離を測ることはできませんでした。理由は単純で、デネブが明るすぎて、ガイアの観測機器が飽和してしまうからです。これだけ観測技術が進んだ今でも、「明るすぎて測れない」という、なんとも人間味のある(?)壁にぶつかっているのがデネブという星なのです。
お隣で起きている、もうひとつのドラマ:はくちょう座X-1
デネブのあるはくちょう座には、もう一つ有名な天体があります。人類が史上初めて「ブラックホールではないか」と特定した天体、はくちょう座X-1です。隣にある巨大な伴星からガスを吸い込み続け、強烈なX線を放っています。
この天体の質量や距離は、観測技術の進歩とともに何度も見直されてきました。2021年の電波観測では、距離が約7,200光年、ブラックホールの質量は太陽の約21倍と推定されました。ところが2025年、伴星についてより詳しいモデルを使った研究によって、質量はそれより少し小さい、太陽の約17.5倍(別の手法では約14倍)という見積もりに更新されています。距離のほうは2021年の観測がかなり信頼できる値とされていて、変わっていません。こうした数値が少しずつ更新され続けているのも、観測が「現在進行形」の科学であることを感じさせてくれます。
知っていると話したくなる、小さな話
最後に、軽い話をいくつか。
七夕の織姫(ベガ)と彦星(アルタイル)は、実際には約15光年離れています。光の速さでメッセージを送っても、片道15年。「もしもし」と言って返事が届くまでに往復30年かかる計算になるので、年に一度のデートというのは、宇宙の距離感からするとかなり健闘しているほうだと言えそうです。
デネブのあるはくちょう座は、星の並びがそのまま十字架の形に見えることから「北十字(ノーザンクロス)」と呼ばれています。南半球の「南十字星」と対になる存在として、海外では親しまれている呼び名です。
それから、「夏の大三角」という名前のせいで真夏限定だと思われがちですが、実際にいちばん見やすい(日が暮れてすぐ、高い位置に来る)のは9〜10月の秋です。11月や12月の宵の口でも、西の低い空にベガやデネブが見えていることがあります。虫に刺されず涼しい秋の夜に、ゆっくり大三角を眺めてみるのも悪くありません。
次に夜空でこの三角形を見つけたときは、ベガとアルタイルを少し手前に、そしてその奥のずっと遠くにデネブが浮かんでいる、という奥行きを思い出してみてください。平らに見えていた星空が、少しだけ立体的に感じられるはずです。


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