ハッブル宇宙望遠鏡が、ちょっと信じがたい天体を見つけた。銀河の中心から弾き出され、銀河系外の空間をひとりで突き進む超巨大ブラックホールだ。しかもその通り道には、生まれたばかりの青い星々が一直線に並び、天の川銀河の直径の2倍にあたる約20万光年もの「星の列」ができていたという。
超巨大ブラックホールは普通、太陽の数十万倍から数十億倍という質量を持ち、銀河の中心に居座って銀河全体の構造を支えるアンカーのような役割を果たしている。私たちの天の川銀河の中心にある「いて座A*」もそうだ。ところが今回見つかったブラックホールは、その「常識」から外れていた。銀河の中心という定位置を離れ、どの銀河にも属さない銀河間空間を高速で突き進んでいたのだ。
その速度は、秒速1,000〜1,500km前後、時速に直すと約360万〜540万kmとされている。地球から月までの距離(約38万km)を、わずか数分で横切ってしまうレベルの速さで、人間の感覚からすれば想像しがたい速度であることは間違いない。

Image Credit: NASA, ESA, Pieter van Dokkum (Yale University), Joseph DePasquale (STScI)
なぜブラックホールが銀河から弾き出されたのか
このブラックホールが銀河の外へ放り出された経緯について、研究者たちが組み立てたシナリオはこうだ。
数十億年前、2つの銀河が衝突・合体し、それぞれの中心にあった超巨大ブラックホールが互いの周りを回る「連星」を形成した。そこにさらに別の銀河が衝突し、3つ目の超巨大ブラックホールが加わった。
3つの巨大な質量が狭い空間でせめぎ合うと、軌道はきわめて不安定になる。これは「三体問題」として知られる、力学的にも有名な状況だ。複雑な重力相互作用の末にバランスが崩れた瞬間、1つのブラックホールが残り2つの重力エネルギーを吸収する形で、銀河の外へ勢いよく弾き飛ばされた。
弾き出された後の速度は、もとの銀河の脱出速度を上回っていたため、このブラックホールは銀河に引き戻されることなく、銀河間空間をそのまま突き進み続けている。
通り道に生まれた、20万光年の星の列
この発見でとくに注目されたのは、ブラックホール自体の速度よりも、その「通り道」に残された痕跡だった。
ブラックホールが銀河間に漂う冷たいガス雲を高速で突き抜けると、その衝撃でガスが一気に圧縮される。ガスが圧縮されて密度が高くなると、自身の重力で収縮を始め、新しい星が生まれる条件が整う。実際、このブラックホールの通過後には生まれたばかりの青い星々が次々と形成され、それがブラックホールの軌跡をなぞるように一直線に並んだ。
その長さは約20万光年。天の川銀河の直径(約10万光年)の、ちょうど2倍にあたる。
ブラックホールは通常、周囲の物質を吸い込み、破壊する存在として語られることが多い。だが今回のケースでは、その通過がむしろ星形成のきっかけになっていた。この点が、研究者たちの興味を強く引いた部分のようだ。
これまでの常識が見直されることになりそう
超巨大ブラックホールは銀河の中心に居座り、銀河の構造を支えるアンカーだという見方は、これまでの天文学では一般的なものだった。今回の発見は、その前提が必ずしも当てはまらないケースがあることを示している。ブラックホールは銀河から完全に切り離されて単独で存在することもあり、しかもその移動が無関係な現象として終わるのではなく、新しい星の形成という形で周囲に影響を残すこともある。
今後はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などを使って、この星の列をより詳しく分光観測することが計画されているという。星々の年齢やブラックホール本体の現在位置がわかれば、この現象がどういう過程で起きたのか、より正確に再構成できるようになるはずだ。


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